スカルダンス・マン
信心深いほうではないが、あまりに〝それ〟が続いた。
三度目には、〝持っている〟のかもしれないと、動揺した。
空き巣に入った家に、次々と幸運が舞い込むのだ。
ひと仕事済ませたある家では、蒸発し、行方不明になっていた長男が、先日、ふらりと帰宅した。記憶を失っていたものの、家族は手放しで喜んだ。
別の家では、犯行後、アルツハイマーを患っていた一家の主が、ひと月ほどで回復し、今では復職に意欲を見せて、リハビリに取り組んでいる。医者は奇跡だと言って、驚いた。
極めつけは、被害を届けたあの主婦だ。
裏庭の竹藪から金塊を見つけたのだ。
時価にして一億円は下らないと報道は白熱した。ちなみに、この時の収穫は、箪笥の上の豚の貯金箱で、ほぼ一万円。後になって、なぜ竹藪まで手を広げなかったのかと、しきりに臍(ほぞ)を噛んだ。
これは、捜査の網の広がりを摑むため、犯行の続報をあちこち拾っていた時に、たまさか目にしたものだ。
報道された他にも、あるのだろうか?
あるだろうと思った。
確証はないが、何となくそんな気がした。
そして、これまで空き巣に入った家に思いを馳せ、不思議な巡り合わせに、少々怖くなった。
贔屓にしている故買屋(バイヤ)に、黒貂のコートを持ち込んだ時のことだ。
「偶然で済む段階は、とうに過ぎていると思う」
そうこぼすと、親爺は面白そうに、呵呵(かか)、と笑った。
「そりゃいい。まるで、まねき猫だ」
親爺によれば、まねき猫は商売繁盛の縁起物で、左手を挙げた猫は客を招き、右手を挙げた猫は金運を招くという。
招福という点ならば、親爺の言うように、自分は〝まねき猫〟なのかもしれないと本気で考え始めた。
親爺は「一度、俺の家にも入ってくれ」と言って、再び、呵呵、と高笑いする。
それからしばらくの間は、仕事に身が入らず、まねき猫が頭を占めた。
ある日、素晴らしい考えが降臨した。
――この巡り合わせを他人に役立てるのは、勿体ない。
三つ違いの妹の真希は、荒川沿いの下町にある建設会社で、事務員として働いている。
このところ、お互い多忙を理由に会っていなかった。連絡は、ひと月に一度電話で話すのをのぞけば、気まぐれにやり取りするメールぐらいだ。
三十路なかばを目前に控えた独身の真希が、小さなマンションのローンを組んだと聞き、心配になることがあった。
男がいれば良いのだが、真希の周辺にその気配は無い。
その考えは、ひょいと頭をもたげ、みる間に成長した。
――ひょっとして、「独女の居直り宣言」なのではないか。
――結婚を思い切り、お一人様向けのお城を、買ったのではないだろうかと。
器量は人並みだし、少し皮肉っぽい所をのぞけば、気立ての良い魅力的な女性だと思うのは、兄の欲目だろうか。
気ままな独り身の、窃盗稼業の我が身を棚に上げ、嫁がないのは何故だろうと、度々考えた。
兄の仕事が、人目をはばかる種類であることを、真希は知らない。
仕事はいつでも背広姿で行った。これなら住宅街を職場に選んでも、物見高い近隣の目を引かないからだ。だから兄の仕事は、ソフトウェア関連の営業職だと思っている。
その〝考え〟は、婚期を逃して、寂しい人生を送りそうになっている、愛する妹のために捧げる計画だった。
計画はたやすい。
真希の部屋へ、空き巣に入るのだ。
そして、真希が大切に仕舞っている母の形見である、真珠のイヤリングを盗み出す。
なに、イヤリングは後で、「そっくりなのを見つけた」とでも言って、瀟洒な小箱に収め、リボンで飾って返せばいい。
あとは、やって来る幸運の足音に、二人でじっと耳を澄ますのだ。
ささやかでも、真希が幸せを見つけてくれれば、それでいい。
出来損ないの兄が精一杯できる、心ばかりの贈りものというわけだ。
「少し、出てこられない?」
華やいだ声の真希から電話があったのは、真希の部屋からイヤリングを持ち出して、半年ほど過ぎたある週末の晩のことだった。
「あたし、真希になるわ」
興奮し、混乱している様子だった。
「は。どういうことだい?」
「いいから。会わせたい人がいるの……」
――来るべきものが、来た、と思った。
全世界に向けて歌い出したくなったが、努めて穏やかに答えた。
「ほう、いったい誰だい?」
指定されたファミレスへ出かけると、胸板の厚い背広姿の中年男が、真希と肩を並べて、待っていた。
男は立ち上がり、「牧です」と自己紹介した。
笑い皺が印象に残った。
「兄さん、あたし、この人と一緒になるわ」
牧は照れくさそうに、小鼻を掻く。
「牧さんは、盗犯係一筋の刑事さんよ。奥さんを亡くして、独りなの」
ポケットには、真希に渡そうと用意した、イヤリングの収まった小箱があった。
小箱を握りしめて、じっとり汗ばんだ右手を出し、牧と握手をして、挨拶を交わした。
「この前、泥棒に入られたときが、きっかけなの。話、聞く?」
「ああ、聞かせてくれよ」
ありえないのは、わかっていたが、牧の手に指紋を残したのではと、不安がよぎる。