Sky High

新くら智か

 

 

 

 私って、どうしてダメ男ばかり好きになるんだろう?

「あのCA、さっきからずっと俺のこと見てるぞ。俺に気があるな、あれは」

 席を立ち、そのCAに近づいて行った祐司は、「元気でスカイ!?」なんて、くだらないギャグを飛ばしている。そんな寒いギャグ、笑うどころか悲しくなるわ。

 四歳年下で売れないお笑い芸人の祐司と付き合って三年、結婚するふん切りも、別れる決心もつかないまま、ズルズルと関係が続いている。

 三十半ばになっても結婚する気配のない私に業を煮やした父が、「どんなのでもいいから、とにかく今付き合っている男を連れてこい!」と航空券を二枚送りつけてきた。

「北海道旅行なんて久しぶりだな!」とはしゃぐ祐司は、私の実家に行く意味が分ってない様子だ。

 女癖が悪く、生活力もなく、ヘタレのくせに根拠のない自信だけはあって、「俺は大器晩成型なんだ。今に必ずトップに昇りつめる!」と言い放つ祐司。

 でも、祐司にだっていいところはあるから……。今は思い当たらないけど……。

 CAに相手にされず、祐司が戻ってきた。

「この飛行機会社は、社員教育が行き届いてるよな」

「はあ? なんでよ?」

「CAさんがみんなにこやかで、ホント、感じがいい」

「CAが必要以上にニコニコしている時は、なんかやばいことがあるんだって」

 私はぶすっとして答える。

「愛美、なんでそんなこと知ってるんだ?」

「それは……」

 十五年以上思い出すこともなかった記憶の蓋が、突然、パカッと開いた。

「パイロットの訓練生に聞いたのよ」

「どういう接点だ? 合コンでもしたのか?」

「学生の頃の話。帰省のときに乗った飛行機で、隣の席に座ったのが研修中のパイロットだったの」

「それ、絶対嘘だな。ナンパの手口だ」

「私も初めはそう思ったわよ。関西弁のチャラいやつで、パイロットっていうより、ホスト見習いみたいだったし。でも、『嘘やと思ってるやろう、自分? ほんなら、これ見てみい』って、同期の研修生数人と写した制服姿の写真を見せてくれたわ」

「パイロットコスプレホストクラブだな。で、ナンパされたのか?」

「べつに。飛行機を降りたらそれっきり」

「あーあ、俺の隣にホマキみたいな女性パイロットの卵、座らないかなあ」

 そして、落ち着きのない祐司は「ちょっと……」と、席を立った。どうせまたCAにちょっかいを出すつもりだろうと思ったら、そそくさと席に戻ってきた。

「まもなく着陸だから席に戻れってさ。トイレに行きたかったのになあ」と頬を膨らます。

 シートベルト着用のサインが点灯。CAは相変わらずにこやか、というか、笑顔が顔に張り付いているようにも見える。そういえば、なんだか機体が同じところを何度も旋回している気がする。やっぱりなんかあったのかも……。

 その時、機内放送が流れてきた。

「乗客の皆様、当機の機長、御手洗です。当機は車輪の不具合によりこれから胴体着陸を試みることとなります。皆様は客室乗務員の指示に従い……」

 今、機長の御手洗って言った? 確か、あのパイロット研修生の名前も御手洗だった。それに、どこか関西風のイントネーション……。

 まさか、あの時の!?

 CAが着陸時の姿勢について必死で説明している。緊急事態の中で、なぜか私の思いは十五年前のあの時に飛んでいた。

「色んな訓練の節目、節目に試験があってな……」と彼は言った。

「不合格になった訓練生が一人、また一人と寮を去っていく。けど、不合格になった訓練生が寮を出ていく時、残った同期生は決して見送らない。それが、夢破れて去る友達への精いっぱいの友情の証なんや」

 その話に、私は胸がキュンとなった。そして、その瞬間、「私、この人、好きになるかも」って思ったのだ。

 実は私、さっき、祐司にウソをついた。機内で私と彼は連絡先を交換し、その後、一度だけデートをした。映画を観て食事をし、まあ、あれやこれや……。でも、会ったのはそれ一回。連絡が取れなくなり、それっきり。その後、パイロットになれたかどうかも知らなかった。

 でも、まさか、あのチャラ男に命を預けることになろうとは……。

 

 その時、祐司が私の手を痛いほどぎゅっと握った。

「試練かもしれん。天然ボケかましてんねん。マイナーなギャグがうまいなー」 

「こんな時になにを……」

 祐司はぶるぶる震えながらも、私に笑いかける。

「俺の彼女を紹介しようかい? 感動したらあかんどー」

 祐司なりに精一杯、私の恐怖心を和らげようとしてくれているらしい。

 そうか、私は、祐司のこういうところを好きになったんだ。

 私が好きになるのは、ダメ男ばかりとは限らないかもしれない。

 チャラ男に見えたけど、あの時の彼だって、厳しい訓練を乗り越えて機長になったんだもの。

「ねえ祐司、無事に着陸できたら、父に結婚するって報告してもいい?」

 震えながら、祐司は肯く。

「頭を低く……」とCAが声を張り上げる。

 

 そして、車輪の出ない機体は揺れながら滑走路へと降りていった。

 

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